アメリカズカップのこと、
ブリトン・チャンスと12mクラス・マリナー
横浜国立大学造船課を卒業してすぐ、乗せていただいていたヨットのオーナー(加藤さん)の紹介でニューヨークのブリトン・チャンスの事務所に見習いとして就職することができました。
もちろん、その前に武市・村本ヨットデザイナーズやT&Mマリンエンジニアーズ、数々のヨットレースに乗せていただいた名艇「シレナ」など、いろんな経験を積ませていただいていたから可能となったのです。
マリナーのアメリカズカップ防衛艇としての成績は十分ではありませんでしたが、このころの経験はその後の私の人生に重要な影響を与えていると思います。
私とアメリカズカップ
アメリカズカップは私が高校生のころ、ヨット雑誌でありバイブルであった舵誌にニューヨーク在住の日本人ヨット写真家、中島氏の写真として紹介されていたものでそのヨット(12mクラス)の大きさと優雅さ、力強さに圧倒され、空想を働かしていた存在でした。
しかし、意外にもアメリカズカップにかかわるチャンスは割とすぐに来ました。また、過去15年近くはほとんどずっとアメリカズカップにかかわっています。
ニッポンチャレンジ
日本でもアメリカズカップにチャレンジする計画が1988年ごろからいろいろ話されるようになりました。
私は当時日産自動車マリン部に在籍していましたが、ベンガルチャレンジの武市さん、ニッポンチャレンジからも日産を休職して参加してはどうかとお誘いがありました。
この話やGBRチャレンジのことも次に書きたいと思います。
いろいろ今回のアメリカズカップの情報が入ってきています。
皆様に紹介したいと思いますと、やはり、ブログが一番良いようです。
バレンシアで始めたアメリカズカップのブログをまだ続けています。
皆さんご存知と思いますが、第34回のアメリカズカップは2003年、サンフランシスコでオラクルとチーム・ニュージーランドの間で72フィートのカタマランで行われオラクルが劇的な逆転でカップを防衛しました。
現在、次回の第35回にむけて準備が進められています。
上のブログにも紹介していますが、タイミング重視の方はこのリンクからアメリカズカップのサイト(英語)を見てください。